おもてなしのコロンヤ

しばらく会っていなかったトルコの友人に再会し、いい話を聞いた。

お土産にいただいた「コロンヤ」いわゆる「オーデコロン」のことだ。
トルコではフランスから伝わった「コロンヤ」をおもてなしとして使う風習があるのだとか。
来客があった時、長距離バスに乗り込む時など、お茶を振る舞う感覚で、手にシュッシュッと振りかけてあげる衛生面への配慮と香りを楽しんでいただくという心遣い。
日本で言う、飲食店や航空機内で手渡される熱いおしぼりに相当する。

オスマン帝国時代から続いていた、そんなおもてなしだが、近年はあまりみられなくなっていたよ。

10数年前にイスタンブールを訪れた際に、コロンヤのコの字も目にした記憶はないのだが、コロナ禍のアルコール消毒で風習は復活。
その文化は海外にも流出し、調べてみると昨年、ロート製薬からも「楽しく、自分らしく選べるハンドフレグランスローションミスト」として発売されていた。

検温や手指の消毒、マスク着用などの感染防止対策が日常化した今日、理解はしていても、バイ菌扱いされている感はどこか拭いきれない。

しかし、消毒がおもてなしのフレグランスであったとしたら、どうだろう。

「入店前に手指の消毒のご協力をお願いいたします」と言われるのに比べて、「本日はレモンとラベンダー、そして無香料をご用意しておりますが、いかがされますか?」とコロンヤが提供されたなら、いささかテンションが上がるのではないか?
人は選択肢が与えられた瞬間に、義務感は薄れ、数秒間の迷いと選択できる喜びを感じたりはしないだろうか。

同じ物でも、プレゼンテーションによってその価値観は大きく変わることが多々ある。

ただの「水道水」を「お冷や」と呼ばれることで別物になり、そこにミントの葉っぱを浮かべれば急にオシャレになる。
そして、仮に庭に雑草状態で生えていたとしても、太陽の光をふんだんに浴びた無農薬・有機栽培の「ミント」と修飾子が入れば、付加価値がつく。

モノは言いよう、と言うのはこう言うことである。

こうやって、失われつつある昔ながらの風習がリバイバルされたと言うことにちょっと嬉しく、コロンヤは平凡な今日にスパイスを与えれくれた。